【進藤清十郎】人間=プログラムのカタマリ

こんにちは
進藤清十郎です。

今日もメールを開いてくれて
ありがとうございます。

こんにちは
進藤清十郎です。

今日のメルマガ授業では、

「人間が理解できない…」
「自分と周りの人間が
同じ生き物だと思えない……」

と思っている方向けに、
お話をする内容になります。

つまり
「人間とは何か?」
というテーマを
噛み砕いていきます。

なぜか?
と言いますと、

あなたが持っている
「人間とは~だ」
という人間像と、

実際の人間像の
間に42,195㎞ほどの
溝があるからです。

◎性善説vs性悪説

「人間は本来よいもの」
というのが性善説、

「人間は本来悪」
というのが性悪説ですよね?

あなたは性善説と性悪説、
どちらを信じますか?

すこし考えてみてください。

答えは……

どちらも正解ではない、が
答えです。

なぜなら、
人間は可能性の生き物
だからです。

1920年、インドで発見された
カマラという少女は
狼に育てられたことで
世界的に有名です。

カマラは人間であるものの
中身は狼そのものでした。

生肉以外は食べない。
立って歩けない。
言語も話せない。
狼のように遠吠えをする。

カマラの事例から
わたしたちが学ぶべきことは、

人間は可能性の生き物であり、
人間が人間らしくあるためには
適切な教育が必要だと
いうことです。

つまり受ける教育によって
善にも悪にも転ぶ、
ということです。

ですから、
性善説、性善説の
どちらが正しいかを

論じること自体が
おかしい、と
わたしは思います。

◎人間とはプログラムの塊

人間が可能性の生き物
であるとしたら、

これは非常に
恐ろしいとは
思いませんか?

なぜならわたしたちの
命を脅かすような
危険な存在が
出て来てしまうからです。

そういった危険な人間を
可能な限り、
排除しなくては
社会の安全は守れません。

そこで、わたしたちの先祖は
危険な思想を持ったり、
危険な行動を取らせないよう、

法律や法を守らせる司法や機関、
道徳を植えつける宗教や家庭、
社会に適合する人材を多く輩出する
ための学校などを作りました。

しかし、
こうしたシステムが
完全に機能することは
ありません。

システムには
欠陥があります。

たとえば学校では
専門学科の他に
道徳や社会常識、
集団でのふるまいを
学ぶ機能がありますが、

十分に機能していない
学校もあります。
(教員の負担増しなどの
影響)

つまり、
人間とは何か?

人間とは社会に適応するための
プログラムをいびつに
植えつけられた存在です。

◎プログラムとは何?

たとえば遅刻をしたことで
死ぬほど叱られて、
それ以降遅刻しなくなった、
とすれば、

死ぬほど叱られた出来事が
その人に「遅刻をしてはいけない」
というプログラムを組んだ、
ということです。

このプログラムは
わたしたちの意思や感情を
支配しており、

わたしたちは
逆らうことができません。

たとえば、
あなたが「遅刻してはいけない」
というプログラムを持っている、
としましょう。

あなたが遅刻をしたとき、
プログラムに違反している
ので、

あなたは罪悪感や恐怖に
苦しめられることになります。

もし、あなたが遅刻を
してきた人を見たら、
怒りや不快な気持ちを
もつでしょう。

それは
「遅刻をしてはいけない」
というプログラムに違反
しているからです。

このようなプログラムが
わたしたちには
数えきれないほど
備わっています。

◎プログラムを利用する

「人間が理解できない」
「自分と周りの人間が
同じ生き物だと思えない」

と悩んでいる人は

「人間=プログラムの集合」
という見方をすることで、
解決されます。

人間が理解できないのは、
「どんなプログラムをその人は
持っているか?」と考えることで、
理解しやすくなります。

またあなたが周りの人間と
自分が違うと感じることに
ついても、

あなた自身がプログラムの集合
であり、周りの人間もまた
プログラムの集合である、
と考えればよいでしょう。

進藤清十郎